本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

渋谷に里帰り/山本幸久

食品卸会社で特に目立たず営業職を続ける峰崎稔32歳は、営業一課のホープ坂丘女史が寿退社することになったため、後任として二課から異動する。坂丘女史は渋谷近辺が担当区域だが、地価高騰時に親が渋谷の家土地を処分し地方に引っ込んだ稔には渋谷は鬼門である(バブルで都会を脱出した者は裏切り者扱いされたのである)。

坂丘に付いて引継ぎのために渋谷を回るうち、かつての同級生と巡り合ったり、坂岡の仕事ぶりに感化され、ロボットとか喜怒哀楽がないとか言われていた稔が段々にやる気を出していくあたりが生き生きと描けていて面白い。

脇役もなかなかキャラが立っていて、営業二課長の椎名(稔の屋上喫煙仲間でもある)は軽薄で稚気あふれる好人物の中年男だし(若い娘と浮気できなかったのでトイレで泣くのである)、坂丘女史は有能でわがままで自分勝手でコミカルで、「凸凹デイズ」に登場するゴミヤを思わせた。関係ないが、稔がゴミヤに電話するシーンがあり、凹組の面々が電話の向こうに登場していて、ちょっとしたファンサービスがあるところもなかなか上手い。

稔の恋愛模様などもからめ、読後にちょっと幸福な気分になれる小説である。言わば、今までの諸作と同様だ(笑)。