本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

海覇王/荒俣宏

海覇王(上) 海の巻

元に滅ぼされた明国を憂い、オランダが占領する台湾を明復興の拠点にしようとした鄭成功の物語。鎖国政策に揺れる江戸初期の長崎・平戸の海商、高砂(台湾)を占領するオランダ、明の海賊の三つ巴の戦いを描きながら、平戸に生まれた混血の二世たちの成長を交えている。

物語の発端は、猩々女と呼ばれる妖怪退治に出かけた剣術指南・花房権右衛門とその弟子・鄭芝竜(成功の父が出くわす怪異である。松浦家から人質として出されている若者の生き霊が取り憑いた許嫁(キリシタン姫)が夜な夜な出没するというなかなかホラーな趣で、これが主要なテーマかと思えばさにあらず、猩々女は生きた媽祖様として芝竜の船に乗り込んでしまうのだ。水軍好きとしては、海将と海賊を扱き混ぜたような倭寇たちの活躍は面白くてたまらない。

国際都市であったが故に混血児として生まれてきた成功たちだが、かつての日本にそういう町があったことが面白い。外人嫌いや島国根性とは別の時代があったんだろうなぁ。この混血児達の成長が描かれるとしたら楽しみだ。

海覇王(中) 覇の巻

8才にして父・芝竜のもとに引き取られた福松(後の鄭成功)は、母と別れさせられた悲しみから反抗的な少年になっている。かつて明と敵対した父・鄭芝竜は王室と和解し都督の地位を手に入れ、福松を科挙に合格させて官僚となることを夢見るようになっていた。平戸から猩々女を連れ出した快男児が、とんだ俗物と成り下がった感がありやや残念。

清の侵攻に敗れた明は逃亡王朝を樹立しているが、芝竜が今度は清に取り入ろうとしているのを軽蔑する福松は、武士道の忠義とキリスト教の孝に凝り固まった倫理観で、明王朝を支えようとする。そして成功の名を賜り、父から覇権を奪い取るのだった。

常に倫理観で張りつめていて余裕のない成功にはあまり魅力が感じられない。水軍、倭寇、海賊、海商には、もっと自由を求めて欲しいものだ。その点、己の身の栄達しか考えなかった芝竜は、実に福建の海洋民らしかったと作中にも書かれている。

海覇王(下) 王の巻

水軍の有力者を味方に付けて各地で連勝し、南京まで攻め上がろうとした成功だが、焦りと余裕の狭間で敵の罠にはまり、大敗して敗亡することになる。この途次、父を見捨てた猩々女アンジョが現れ、成功に麻薬を与えうつつの世界を連れて行く。己の将来を幻想の中に見た成功は、高砂を拠点にすることを計画、オランダを追い出し、一応は独立の拠点を確保するも、麻薬による荒廃と妙な倫理観に縛られ、徐々に破滅の道を辿っていくのだった。

うーん、どうもカタルシスに欠ける物語だ。成功の好色な嗣子が近親相姦を犯す筋立てなど何故に必要だったのか。破滅する成功の後を襲う者として、それまで愚物として描かれていた嗣子が何故急に雄々しくなるのか。基本的な骨格が出来ていない感じである。題材は良かったのになぁ・・・。

こうなれば同じ題材を扱った「怒濤のごとく/白石一郎」を読んでみずばなるまい。