本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

極夜行/角幡唯介

文庫化にて再掲(と言う名の使い回し(笑))。



探検家・冒険家である著者が、北極圏の極夜(一切日が昇らない時期)の数ヶ月、雪と氷と暗闇の中を歩き続けた記録である。真の闇と、極夜が終わって最初に現れる日の光を体験したかったとのことだ。この時41才の著者は、経験値と感性と体力から言って人生のピークであろうと考え、この冒険を敢行している。


テントが吹き飛ばされそうなブリザードや北極圏の極寒、真っ暗闇など、迫力のある冷徹な描写が続く。冬の間、日が昇らずに暗いままの土地で暮らすのは体に差し障りがないのかしらんと思うし、著者も当初体調不良を訴え、極夜病と称していたりする。考えるだに過酷そうだ。


月が昇ればその明るさである程度見通しが出来るそうで、月光に照らされた雪と氷の描写が美しい。


ルートの先々に事前に食料を貯蔵しておいたものはすべて白熊に荒されており、決死の極夜行が続く。最悪、パートナーの犬も食べてしまうことも考えたそうだ。このくだり、本人は必死であったろうが、後からの叙述なので多少のユーモアも感じさせた。


本書の冒頭、自分の娘が生まれるシーンを描写しており、女性の出産を冒険になぞらえているが、極夜が終わり、太陽が戻ってきた瞬間を、産道を通って生まれた新生児が光を感じる感動と同等であると感じている。家族の挿話が出てくるあたり、また、時に感傷的で時にユーモラスな文章は椎名誠の辺境旅エッセイと似たものを感じさせるがどうだろう。


やや気負いのようなものが感じられるが、一般人には絶対経験し得ないような状況を克明に知らせてくれる特異な旅の記録であった。