本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

心淋し川(うらさびしがわ)/西條奈加

台地の下を流れるどぶ川の両脇に立つ長屋(心町(うらまち)を舞台に、庶民の哀歓を描いた連作時代小説。直木賞受賞作。連作とは言っても個々の短編の登場人物にはほとんど関連がなく、差配の茂十という中年男のみが全編に登場する。特に印象に残ったのは以下の四編。


「心淋し川」飲んだくれの父親と、口論ばかりしている母親。ちほは心町での生活に嫌気が差していて、惚れた男と所帯を持って心町を出て行くことを望んでいるが・・・。ろくでなしの父親が見せる愛情や、辛さをわずかの明るさに転換させる結末が効いている。


「閨仏」青物問屋を営む中年男は醜女ばかり四人の妾をひとつ家に同居させている。筆頭のつやはちょっとした思いつきで性具に仏を刻み始めるが、それが思わぬ出会いを呼び込むことに。これも結末の転換がいい。


「はじめましょ」料理人の与吾蔵は偏屈でけんかっ早く、徒弟の序列が厳しい料理屋には居着けず、現在は心町で安い料理屋を営んでいて、それなりに繁盛している。ある日、昔捨てた女と同じ節回しで地口歌を歌う幼女ゆかと出会い、ゆかとのやり取りが生きがいになってくる。まるで落語の「子別れ」のような人情噺の趣で読後感良し。本作の中でいちばん好きだ。


「灰の男」差配の茂十がなぜこういう境遇になっているかを語ったミステリアスな一編。他の短編の登場人物達もおさらいのように登場して後日談となっている。


どの作品も悲しみや辛さの果てにあるちょっとした救いを描いていてしみじみさせた。著者の作品は初期のものしか読んでいないのだが、ずいぶん深化したんだなと思う。因みにファンタジーノベル大賞受賞作の「金春屋ゴメス」は現在の日本に江戸時代と同じ暮らしをしている江戸国があるという設定の読み物だった。