本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

転がる香港に苔は生えない/星野博美

中国への返還をはさんだ二年間を香港で暮らした滞在記である。著者には中国や香港への思い入れが強いらしい。
 

香港というとエネルギッシュな国際貿易都市というイメージがあるが、著者の暮らした下町は猥雑でけたたましくて貧民窟スレスレという感じ。狭い土地に人々がひしめき合っているから競争が激しく、這い上がれない人はいつまでも底辺で喘いでいる。


著者はかつて中文大学に留学していたので、かつての同級生であった友人もいて一応エリート層に入るのだが、ちょっと道を間違えると競争から取り残されてしまうという過酷な社会だ。返還前にカナダの移民が多かったようだが、決してプラスになることではなく、香港に残り返還バブルに乗った方が良かったという例もあるらしい。合法、非合法含めて大陸から渡ってくる人間も多く、元からの香港人には差別されるという問題もある。


それでも、著者の視線は香港の庶民の暮らしを活写し、市井の人々をありのままに描き出しており、人間の面白さが垣間見える。旅本にはいかに面白い人間が出てくるかが重要なのだと考えているので、本書もその点で面白い本である。進軍してくる人民解放軍に狂喜する著者の姿がちょっと笑える(元々、人民解放軍好きだったらしい)。


昨今、統制を強める中国政府と、民主運動とのせめぎ合いが激しいが、当時の人たちは今の状況を予想したのだろうか、と思ったりする。

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)

転がる香港に苔は生えない (文春文庫)