本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

先生のお庭番/朝井まかて

タイトルから隠密でも出てくるのかと思っていたが、しぼると先生(シーボルト)の薬草園の園丁を任された熊吉を主人公に、熊吉の幸せだった日々をシーボルト事件にからめて描いた、言わば園芸時代小説である。


植木商、京屋の見習い小僧であった熊吉は、皆が嫌がる出島での作業を押しつけられ、嫌々出向くふりをしていたが、実はオランダ語に興味を持っており、喜びを抑えつつ出島での作業に従事する。


しぼると先生は、実直で細かな心遣いをする熊吉を気に入り、植物を採集しては園庭に植える生活が続く。このあたりは園芸好きとしては大いに面白い。


熊吉から見たしぼると先生は、威厳があり高潔で厳格ながら優しさも見せる人であるが、終盤の方では西洋人の傲慢さなども見られ、なかなかに複雑な描き方をしている。先生の奥方は遊郭の女郎だった女性で(阿蘭陀人の相手をするのは最下級の女郎だったとか)、アジサイの学名になったオタクサが奥方の名前お滝さんであることは有名だが、勝ち気でわがままで自由奔放で、どうもアジサイの清楚なイメージ、或いは影の人みたいなイメージとは結びつかない感。それでも、熊吉にとっては穏やかな日々を過ごした人たちだ。


シーボルト事件があちこちに波及した終盤、それぞれの身の上に大きな変化が訪れるが、まずはほっと出来る終わり方である。時に穏やか、またスリリングな展開もあり、読み応えのある時代物だった。