本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

ヨイ豊/梶よう子

江戸の伝統が揺らぎ始めた幕末、浮世絵の大名跡である四代歌川豊国の継承を巡る葛藤を描いた時代小説。惜しくも直木賞を逃した。

独特の画風を打ち立てた三代豊国の娘婿清太郎は、義父の死後、四代目襲名を版元に迫られながらその気になれずにいる。実直で真面目な清太郎は人望もあるが、絵師としては平凡で、そこを自分でも分かっているからとても豊国を名乗る気にはなれないのだ。

清太郎と対比されるのが弟弟子の八十八である。非常識で無礼で天衣無縫で傍若無人だが、豊国の画風を受け継ぎつつ独自の個性を盛り込んでおり、清太郎は豊国を継ぐのは八十八以外にないと思いつつ、嫉妬も持ち続けて懊悩するのである。清太郎の長所は誰よりも歌川の絵を愛していることで、三代はそこをこそ見込んだのだということが終盤に出てくるが、そこも含めた葛藤が本書の読みどころであろう。歌川の伝統を守るために必死な清太郎だ。

明治になった終盤、画商となった四代豊国の弟子が江戸の伝統を懐かしんでいおり、ここに軽薄な芸術かぶれが登場して浮世絵は芸術に価しないと散々にまくし立てているが、せっかくの興趣を削いでしまった感があり、この冗舌さは不要であったと思う。

カリスマ師匠を慕う弟子たちの群像という点で思い起こされるのが落語立川流である。談志が健在の頃から、このカリスマが亡くなったらどうなるのかと言う憶測が言われていたものだし。まぁでも何とか収まるところに収まった感。