本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

台湾の歓び/四方田犬彦 

映画史家(映画評論家ではなく、映画史という学問の研究者であろう)の四方田犬彦が、2013年〜2014年に客員教授として滞在した台湾について様々な角度から綴った随筆集。旅行記や紀行随筆と言うには深遠すぎて、司馬遼太郎の「街道をゆく」シリーズをもっと思索的にした感じと言えばいいだろうか。 本業の映画についてはもちろん、歴史、風土、国民性、宗教など、多様な台湾文化に対する論考がこれでもかという感じで展開されており、博覧強記とはこのことかと思う。

現在の台湾文化は、本省人(明が滅亡した時に台湾に逃亡した明人の末裔)、国民党政権の外省人、そして日本占領の歴史が複雑に絡まり合って出来上がっているらしい。台湾映画における重要なモチーフになっているようで、本省人外省人の対立から騒乱に発展したり虐殺事件が起きたりもしたようである。

日本ではさほど大きく報道されなかった「ひまわり学運(中国寄りの馬英九政権に反対する学生運動)」についても詳細に記されているが、整然と非暴力的な抗議活動を行った学生たちに対して市民が非常に好意的であったことを知った。

様々な読みどころのある本書だが、白眉は大甲鎮爛宮媽祖進香に参加した記録である。台湾の土俗的な女神信仰(漁民と航海者の守護神)はつとに有名であるが、媽祖自身が大移動し、これに付き従う信者が大規模な巡礼が行われているとは知らなかった。大規模かつ熱狂的な祭りであり、著者自身も狂乱の渦に巻き込まれているのでなんとも迫力の筆致となっている。正直なところ、台湾映画や文芸については何も知らないからところどころ退屈な部分もあったが、この巡礼参加記録だけでも十分に読む価値があった。