本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

みちのく忠臣蔵/梶よう子

主人公神木光一郎は大身旗本の嫡男であり、父親は小普請入り*1していて猟官に明け暮れているが、本人はいたってのほほんと気軽な身分を楽しんでいる。直参旗本は江戸から離れることを禁じられているので書物で遠い土地に思いを馳せ、府内の散策を趣味とし、その途上で知り合った町人たちに「ぶら光さん」とやや軽んじられながら親しまれているような世捨て人の極楽とんぼだが、しかしながら頭脳は切れるので、元鳥取西館藩主松平冠山に可愛がられ、年上の友人村越重吾と大名家内のトラブル処理をして小遣い稼ぎをしている。

6年前、光一郎と重吾は、若い心中者を助けた折に南部藩出身の剣客相馬大作と知り合い、友誼を結ぶ。心中はご法度であり、助かった者は晒し者にされ身分を落とされるのだが、光一郎の知恵でこれを丸く収め、男女の保護者双方から感謝されるのだ。相馬大作も飄々として気持ちの良い好漢だが、背景に南部藩弘前藩の確執を背負っており、これが光一郎と重吾を謀略に巻き込んでいく。

言わば巻き込まれ型の冒険小説の体であり、スリリングで大変に読ませる。憎しみの連鎖をモチーフともしており、若い光一郎に正論を叫ばせたりするが、重いものを背負う相馬、身分の違いを指摘する重吾(こちらは御家人の子息)とのちょっとした諍いも青春小説らしい感じがするし、落語「笠碁」をヒントにしたと思われる会話などもくすりとさせる。

世捨て人のような光一郎は世間から逃げているとも言え、それが本気で怒り、友誼のために奔走する姿も熱い。実に痛快な時代冒険青春小説である。

*1:江戸幕府における窓際族