本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

一朝の夢/梶よう子

安政の大獄の前後を舞台にした園芸時代小説。

奉行所同心(ただし姓名役という地味な事務部門)の中根興三郎は、朝顔栽培に熱意を傾ける学者肌の静かな若者で、変化朝顔の栽培にかけてはそれなりの腕を持っているが、品評会への出品をしたりはしない、控えめな性格である。

しかし、幼馴染の女性の苦難をつい朝顔で救ってみたり、朝顔を愛好する有力者との付き合いが出来たりした中で、幕末の血なまぐさい騒乱に巻き込まれていく。五千石の大身旗本である杏葉館から、宗観という有力者のために特別な朝顔を栽培してくれと頼まれた興三郎は、あまりの難題に一度は諦めるが、宗観の人柄に触れ、この人のためにともう一度挑戦するのである。

興三郎と宗観が身分を超えて語り合う様子は気持ち良いが、物語が平穏には終わらないことが明示されていて切ない。興三郎自身も切った張ったに巻き込まれ、園芸時代小説にしてはなんともやりきれない筋運びだが、その分だけ朝顔の清楚な美しさが引き立つし、終わりに少しだけ希望がある。

安政の大獄から桜田門外の変までの主要な人物が興三郎と関わりを持つあたり、藤沢周平の用心棒日月抄が忠臣蔵をモチーフにしているのと似通う気がするがどうだろう。