本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

無花果とムーン/桜庭一樹 

主人公の月夜18歳は前嶋家のもらわれっ子である。「やり手の善人」の異名を取る父親(教師)、年の離れた、頑固で天才的現実主義者な長兄の一郎、美形で闊達でお調子者で素敵な次兄の奈落(一歳上)に可愛がられ、のびのびと育っているように見えるが、出自ゆえの鬱屈したものを抱え、おとなしいふりをしているが内心は過激(笑)。パープルの瞳と牙のような犬歯を持つ美少女で、相当にすっとんきょうである。

物語は奈落の死から始まる。アーモンドアレルギーのショックであっけなく死んでしまうのだが、その死には月夜が関わっており、心残りからあの世のふちから奈落の幽霊を呼び出す。戯画化された死とエロスは桜庭作品の重要なモチーフだが、本作の奈落の死もかなり滑稽だ。この幽霊が気まぐれに出たり消えたりするので月夜の心は安定せず、ドタバタのアップダウンを繰り返すが、すべてを明らかにして迎えるエンディングが効果的。コミカルで切ないゴーストストーリーである。

登場人物のキャラも立っていて、子供の頃から気の合わないイチゴ先輩(気位の高いお嬢美少女)とのやりとりが笑わせてくれるし、トレーラーハウスで移動する流れ者の外国人労働者とのひと夏の友情も気持ち良い。

月夜自身がイタい子だし、友人との確執もヒリヒリさせる。ヒリヒリ感は青春小説の要素として重要だろうが、自分はあまり得意ではない。しかし本作のヒリヒリ加減はちょうどよい感じで、投げ出すことなく読了することが出来た。