本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

食堂かたつむり/小川糸 

古風でおっとりした主人公倫子は、パワフルでがさつで愛人気質の母(スナック経営)との折り合いが悪く、中学卒業後に家を出て東京の祖母と暮らし、祖母仕込みの料理センスを身に付ける。が、同棲していたインド人にタンス預金から家財道具から一切合切持ち逃げされてショックの余りしゃべれなくなり、無一文のまま帰郷、そりの合わない母の情けを請い、スナックの側の空きプレハブで食堂かたつむりを営むことにするのだった。

倫子が客の状況や好みに合わせた料理をコースで提供するかたつむりで食事をすると恋や願いが叶うと言った噂が流れ、それなりに繁盛することになるが、母から思いも寄らぬ告白を聞かされ、動転する倫子なのである。

何だかねぇ、ショックの余り言葉を失った割にはてきぱきと物事を処理しているし、語りの文からもさほどの落ち込みは感じられない。頼りになる熊さん(小学校時代の用務員で親切なおじさん)が何かと面倒を見てくれるし、思いつきで始めた食堂経営も軌道に乗る。ほんのりやさしくて面白いが、何だか薄味で物足りない。

しかし、言葉を失ったまま母に寄り添い、やがて母とのわだかまりもなくなっていくあたりはなかなかうるっとさせるし、母のお茶目な告白で倫子の凍りついた心が解けていく最終場面は、あぁ良かったなぁ、よし、多少の齟齬は忘れようと思わせる(笑)。美味しくて面白くてほんのりハートウォーミングな小説である。