本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

落語の国の精神分析/藤山直樹

精神分析家である著者が、趣味である落語(自分で演じたりもするらしい)を精神分析的に語ったエッセイである。精神分析と落語は、分析家も落語家も己のパーソナルな部分を差し出して患者=客と向かい合うところが似ているらしい。

「らくだ」では死と死体の受容について、「芝浜」ではアルコール依存症からの脱却を足がかりに人は変われるのかということを、「文七元結」では自己犠牲について、「粗忽長屋」では乖離を、「明烏」では性愛を受容して成長することなど、精神分析や心理学の手法を駆使して解説している。ふむふむと頷けるところもあるが、客のみんながみんな精神分析家のような視点で落語を鑑賞するわけでもあるまいと思う。

贔屓の落語家の中でも立川談志は別格らしく、巻末には立川談志論と、立川談春との対談が掲載されている。著者によれば談志は芸術家なのだそうだ。自分は、職人と作家(狭義の小説家ではなくクリエーターの意)の違いは、すでに出来上がっている枠組みの中で常に一定の品質を提供するのが職人で、新たなものを創造するのが作家であると考えているが、談志以外の落語家は、寸分の狂いない芸を披露して喝采を受ける、落語の国の幸せな住人だそうで、これは言わば職人であろう。そして新たなものを生み出すために苦悩したのが談志であるとしている。

正直なところ、談志の落語についてさほど思い入れがないので、この手の熱烈な談志ファンの気持は分かりにくいのだが、その愛の強さは分かる(笑)。談志愛を語る著者と談春の対話も楽しい。