本・花・鳥(ほん・か・どり)

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聖なる怠け者の冒険/森見登美彦

かつて朝日新聞夕刊に連載されていた小説が単行本化にあたり全面改稿されたもの。親切な正義の味方ぽんぽこ仮面に追い回される善良な怠け者という構図は変わっていないが、連載当時、なにか全体に薄味で中途半端な印象だったので、期待と不安相半ばで読んでみたら・・・、いつもの森見ワールドで大変に楽しめた。

主人公の小和田くんは中堅化学企業の研究所に勤めるごく善良な小市民で、大冒険よりは小冒険を愛しており、休日には独身寮の布団にくるまって苔むした地蔵のごとく眠るか、「将来お嫁さんを持ったら実現したいことリスト」を改定している、筋金入りの怠け者である。そしてなぜか怪人ぽんぽこ仮面が小和田くんに目をつけ、事あるごとに自分の後継者になれと迫るのだった。

ぽんぽこ仮面の正体については研究所の後藤所長であることが連載時に明らかにされているが、特に特徴のある人物ではなかった。しかるに本作では、スキンヘッドに彫りの深い悪党顔で、アゼルバイジャン人を自称するというかなり強烈なキャラクターに仕立てあげられている。人生や仕事に悩む若手のことが大好きで、現時点で悩んでいない若手をあえて悩みに導こうとするきらいさえあるらしい(笑)。温厚な語り口で小和田くんに説教するあたりががなかなかに笑える。

その他、充実した土日を過ごすことに熱意を傾ける恩田先輩と恋人の桃木さんやら、怠け者であることでは小和田くんに引けをとらないが物事の潮目を感じる能力で難事件を解決する探偵やら、その助手で大冒険を愛している方向音痴の女子大生やら、アルパカにそっくりの秘密結社頭領やら、なんとも摩訶不思議な人たちによってドタバタが展開される。

物語は祇園祭宵山の一夜に進行する。ぼんぽこ仮面を捕らえよという指令が下り、追い回され逃げまわるぽんぽこ仮面の騒動に小和田くんたちが巻き込まれ、否応なしに大冒険をさせられるはめに(笑)。祇園祭は異界の入り口であり、このあたりは「宵山万華鏡」と通ずることは著者もあとがきで触れている。

京都を舞台に縦横無尽のドタバタが展開され、不条理なまでのスラップスィックのあと、静かな余韻で終息を迎えるあたりは他の作品と共通で、あぁ久々に森見ワールドを堪能できたと満足する。「大日本沈殿党」「閨房調査団」と言った怪しい面々も相変わらず楽しい。