本・花・鳥(ほん・か・どり)

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神様2011/川上弘美 

305号室に引っ越してきた妙に律儀で古風なくまと散策に出かけるという、他愛なくユーモラスな短編「神様」を、2011年3月12日の福島第一原発爆発事故後にリニューアルしたもの。

オリジナル「神様」のくまさんは、葉書を持って引っ越しの挨拶に来たり、ちょっとしたつながりを「縁(えにし)」と表現したり、何と呼んだらよいかと問われて「貴方(あなた)」と漢字のニュアンスで呼んで欲しいなどと述べたりするのが何とも可笑しいキャラクターだ。「セロ弾きのゴーシュ宮沢賢治」におけるゴーシュと動物たちのやり取りを思わせる。ハイキングの描写の平穏な感じも心地よい。

それが2011では、防護服を着て散歩に出かけ、外出後は被曝量を測定するというような設定にされている。内容のほんわか加減が変わっているわけではないので、原発事故後の日常を淡々と描いてかえって気持ち悪さが感じられる。

下記は後書きより引用。

「2011年の3月末に、わたしはあらためて、「神様2011」を書きました。原子力利用にともなう危険を警告する、という大上段にかまえた姿勢で書いたのでは、まったくありません。それよりもむしろ、日常は続いてゆく、けれどその日常は何かのことで大きく変化してしまう可能性を持つものだ、という大きな驚きの気持ちをこめて書きました。静かな怒りが、あの原発事故以来、去りません。むろんこの怒りは、最終的には自分自身に向かってくる怒りです。今の日本をつくってきたのは、ほかならぬ自分でもあるのですから。この怒りをいだいたまま、それでもわたしたちはそれぞれの日常を、たんたんと生きてゆくし、意地でも、「もうやになった」と、この生を放りだすことをしたくないのです。だって、生きることは、それ自体が、大いなるよろこびであるはずなのですから。」

震災後、多くの表現者が妙にインスパイアされて高ぶっているのを自分は苦々しく思っていた。本作に関しても多少そういう印象はあるのだが、この決意表明は多としたい。