本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

食卓の情景/池波正太郎

文士による食随筆の白眉であろう。二十代の頃、その美味そうな文章と著者のダンディズムに惹かれて何度も再読したものだが、その後紛失、最近某オフの105円コーナーで見つけ、四半世紀以上ぶりの再読となった。
 
下町育ちの著者にとって懐かしい味(落魄しても気概を失わない屋台の店主が、腕前に感心する少年に対し「私の気持ちだ」と特別にサービスをしてくれるシーンなど渋すぎる(笑))、映画における食べ物の扱い方、旅先の味覚やその周辺の人々、幼なじみの悪友と遊び歩いた港ヨコハマの風情(戦前、株屋の小僧をしていた二人は分不相応に羽振りが良かったそうだ)、かつて座付き作者をしていた新国劇の名優たちの逸話など、この練達の文章はやはり美味しい。

結婚生活が始まった頃、妻と母親がいがみ合っていたのを自分が共通の敵となることによって家庭内を丸く収めたエピソード(当然、そこに家庭での食事の話題が絡んでくる)、行き届いた接客から見えてくる名店の神髄などはいかにも人生の達人という感じがする。

一番言いたいことを括弧で囲み、その後に「なのである。」などと続ける文体(鬼平でおなじみ)など含めて、若い頃には「かっこいい!」と感心したものである。ただし、かなりヒネクレて来ている現在の読み方では、なんか気取ってるよなぁ、いわゆる上から目線だよなぁ、などと考えてしまう。執筆当時の著者と同年代になっても精神的にはぜんぜん追いついておらず、たぶんに僻みも混ざっているのだが・・・(笑)。

ともあれ
(名作であることに間違いはない)
のである。