本・花・鳥(ほん・か・どり)

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裏閻魔/中村ふみ

不老不死の呪いをかけられてしまった彫り物師の、幕末から第二次世界大戦終戦にかけての生き様を暗い情念と共に描いた時代ダークファンタジー

長州藩武家で後添いの次男として生まれた主人公一ノ瀬周は、実家の居心地悪さから若気の至りで討幕運動に身を投じ、新選組密偵として潜入させられるが露見、切られて死にかけたところを彫り物師宝生梅倖に助けられる。

腕利きの彫り物師梅倖にはそろそろ寿命が迫っており、一世一代の彫り物をしたいと思っているが、そこに転がり込んだ若者が「死にたくない」と呟いたのを幸い、鬼込めという禁忌の彫り物を刻み込んでしまう。鬼を体内に呼び込むことで被施術者の願いが叶うという技で、これによって一ノ瀬周は不老不死を獲得してしまい、以後、彫り物の技を会得し宝生閻魔として長い呪いの生を生きることに。宝生梅倖には、自分で鬼込めをして不老不死を手に入れた不肖の弟子宝生夜叉がおり、これが人外の化け物となっているので殺してくれと閻魔に頼んでいく。長い長い生の間、宝生夜叉とそこかしこで繰り広げられる死闘は本書の読みどころの一つ。

夜叉のキャラクターがなかなか立っている。洒落者で温厚で立ち居振る舞いが洗練されていて、短気で伝法な閻魔とは正反対の男だ。長い間、己の身の内の鬼に苦しめられていて、閻魔に殺されることを願いつつ死にたくはないという矛盾から人を襲い、閻魔を奸計にかける殺人鬼は、いかにも読者受けしそうなキャラクターである。

真っ直ぐな気性が魅力的な日坂奈津という女性も登場する。かつて共に新選組にいて、卑劣漢への激怒から閻魔を斬り殺そうとした岡崎清之助の娘である。愚直なまでの熱血漢である岡崎を維新後に助けた閻魔は、娘の後事を託され、妹として育てていくが、年を取らない閻魔に対し、奈津は成長し、ついに閻魔の年齢を追い越していく。この二人の関係もなかなか切ない。

時間と可愛い少女の成長と、そして師匠の代から生き続けている長寿猫クロが登場するあたり、「夏への扉ハインライン」へのオマージュのような気もする。そして、設定がウルフガイシリーズなんかとも共通するような・・・。

かつて閻魔の鬼込めによって助けられ、世間の裏側に身を潜めなければならない閻魔を援助する、侠気あふれる大立て者・牟田信正との友情が泣かせる。深い闇と業とおどろおどろしさに彩られているはずのファンタジーだが、意外と軽く読後感がよいのはこの軽口叩きのキャラクターのせいかもしれない。

本書はゴールデン・エレファント大賞受賞作だが、米韓中に翻訳されることが決まっている公募文学賞だそうで、人物設定、ストーリーの波乱万丈、分厚い割に軽快に読ませるリーダビリティなど、いかにも受けそうな感じが受賞につながっているのかもしれないと思った。クーンツやマキャモンを思い出させる作風だろうか。