本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

いねむり先生/伊集院静 

著者自身と、色川武大と思しき作家の淡々として繊細な交友を描いた私小説である。

女優の妻に死なれ、失意のうちにアルコールとギャンブル漬けの鬱々とした日々を送る著者は、友人を介して「先生」を紹介される。二つの筆名を持ち、麻雀小説で名を馳せ、どこにいてもいきなり眠りに落ちる難病ナルコレプシーを持つ作家先生と言えば、色川武大阿佐田哲也に他ならないはずなのだが、作中では伏せ字となっている(しかし作中でイロカワ先生などとも呼ばれているのがよく分からない)。

この先生の描き方が秀逸だ。でっぷりとしたお腹の上でお行儀良く手を組み、眠りこける姿が天使のようだと描かれているのだが、周りの人を穏やかな気分にさせるような人柄でもあり、みんな先生のことを好いている様子がユーモラスに描かれている。共に博打打ちであり、競輪が好きな二人は旅打ちに出かけるが、この旅の模様が微笑ましかったり、しかしそこは賭場であり、スリリングな気配も漂っている。天使のごとき先生も元々は裏街道を歩いていた人であり、時折そんな凄みを覗かせるのだ。先生を取り巻くいかがわしい人間達も魅力がある。

著者には子供の頃からの精神疾患があり、妻の死後、アルコール漬けになり、妄想や幻覚が沸くようになっていたが、先生にも同じような症状があったらしい。共に苦しむ二人の救済が本書のクライマックスだろうか。やがて先生は死んでしまい、悲しい余韻が漂うが、清遊とも言えるような二人の交流が切なく美しく描かれている。下記の前書きもとても切ない。

その人が
眠むっているところを見かけたら
どうか やさしくしてほしい
その人は ボクらの大切な先生だから