本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

サヴァイヴ/近藤史恵

サクリファイス」「エデン」に続き、自転車ロードレースの世界を舞台にした小説集。前二作が白石誓(競争を強いられる陸上競技に嫌気が差し、アシストの立場で競技に参加できる自転車に転向した変わり者。アシストとして評価は高い。)を主人公にした長編だったが、本作は、かつての誓の同僚伊庭や、誓や伊庭の先輩格で、孤高のエース石尾(「サクリファイス」で重要なポイントとなった人物)の若い頃を主軸にするなど、外伝的な連作になっている。

第一篇「老ビプネンの腹の中」で、誓はヨーロッパで選手活動をしており、フランスの石畳の上を走る、「北の地獄」とも呼ばれる過酷なレースに参加している。その直前に友人の麻薬死に直面しており、思い悩みながらのレース参加だ。

老ビプネンとはカレワラ神話に登場する神で、神話の主人公が誤って飲み込まれてしまうのだが、自転車レースや、レースを取り巻く世界を老ビプネンの腹の中に例えているわけだ。何としても生き抜いてそこから脱出すること、これが本作のテーマであるが、過酷なレースを戦った誓は生き抜いた喜びと、例えどんない辛かろうとも自転車に関われる幸せを思う。

スピードの恐怖やらドロドロした嫉妬やら妨害やらドーピングやら、自転車競技の世界には様々な魔物が巣くっていそうだが、そこに巻き込まれずに走り続ける疾走感が何とも心地よい連作集だ。