本・花・鳥(ほん・か・どり)

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嘘つきアーニャの真っ赤な真実/米原万里 

ロシア語通訳・エッセイストの著者は、1964年頃、日本共産党からチェコの組織に赴任していた父親に伴い、現地の学校に在籍していたことがあるが、他の共産圏からの留学生たちと結んだ友情を振り返り、数十年後、再会のために訪ね歩いた記録である。

父親が亡命ギリシャ人だったリッツァを描いた「リッツァが夢見た青空」、ルーマニアチャウシェスク政権幹部の娘で豪奢な暮らしに慣れているアーニャの複雑な背景を描いた「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、当時ソ連と関係が不安定だったユーゴから来たヤースナを描く「白い都のヤスミンカ」の三編を掲載しているが、当時の交友をユーモラスに語りつつ(基本的に女子高生というものキャピキャピ感は西側も東側も変わらないんだなぁ)、それぞれが政治的に複雑な状況下にある娘たちであり、どうしても祖国の状況に引きずられてしまうあたりが切ない。

特に胸を打つのは「白い都のヤスミンカ」だ。学業が出来て絵の上手いヤスミンカはすべてにおいて万能で、しかし周りから距離を置いているクールな学生と思われている。実は、ゆるやかな社会主義を目指したユーゴスラビアは当時ソ連共産党と上手くいかなくなっており、差別されていたわけではないものの学校での生活でどことなく浮き上がっていたヤスミンカだが、日本共産党もソ共と最悪になっていた時期で、日共幹部の娘ということで悩みの多い日々を送っていた著者と強い友情を結ぶことになる。父親の帰国で日本に戻った著者は、しばらくは文通を続けつつも自分の受験なども重なって徐々に疎遠になっていくのだが、その頃のヤスミンカが大変な状況にあったことを知り、ヤスミンカを探すために戦乱のユーゴに乗り込んでいくのだった。

以前にNHK-BSに「世界・わが心の旅」という紀行番組があった。出演者が、思い入れのある土地を旅して心象風景を描くような番組で、著者がプラハ時代の友人を訪ね歩く回を見たことがあるが(本書はその旅がベースになっているのだと思う)が、ベオグラードで再会した友人は、そのころ内乱状態だったボスニアに属する民族で、セルビア人の支配するベオグラードで逼塞するように暮らしていたことを覚えている。彼女がおそらくヤスミンカだったのだろう。再会の歓喜と共に、内線の重苦しさが伝わってきた。本書はヤスミンカの現在(訪問当時)の辛い生活を綴っていて、民族主義はなぜひとを不幸にするのか、とやるせない思いに駆られてしまう。その後のヤスミンカの消息はなく、彼女は果たして無事なのかと読者としても気がかりになる終わり方だったが・・・。

冷戦の間で生まれた友情とその顛末を楽しく苦く描いた好エッセイである 。