本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

パロール・ジュレと紙屑の都/吉田篤弘

元々ひとつの国であったものが、小さな対立からいくつもの国家に分裂した<離別>後の世界で、凍結される言葉(パロールジュレ)の謎を解くべくキノフに送り込まれた紙魚(しみ・本のページの間を這いずりまわり、紙を食害するするダニのごとき虫)の諜報員が活躍するSFハードボイルド。
 
何と言っても設定が魅力的で、キノフでは独り言として発せられた言葉が凍り付くことがあり、溶ける瞬間に周囲に声が聞こえて来る。その謎を解くべき送り込まれるのが十一番目のフィッシュと呼ばれる紙魚である。本の内容に入り込み、その本に書かれている地域や時代に跳躍することが出来るのだ。そして潜入した先で人間の形態を執り、諜報活動を展開する(クールで頭が切れる割りに時折頼りない(笑))。

また、<離別>後の世界でも、対立地域に嫁いだ女性に関しては自由に国境を越えることが出来るため、十一番目のフィッシュはそう言った女性の携える本に潜り込んでキノフに潜入する。まるで、日本SFが活発だった80年代の川又千秋とか神林長平とかが描きそうな不条理SF的な設定ではないか。また、他者の形態を執れる諜報員同士で自己に関する対話を展開するあたりはかつての村上春樹の作風を思い起こさせる。そういえば、不条理かつ魅力的な設定は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」に似通っているかもしれない。

凍結した言葉を解凍させる「解凍士」と呼ばれる詩人たち、フィッシュ同様に他者の仮面をかぶりながら生きることに倦んでいる敏腕刑事ロイド、パロールジュレの大元となるレンという女性など、登場人物たちのキャラも立っている。凍結される言葉にまつわる優しいエピソードなどの描き方はいかにも吉田篤弘的でハートウォーミングだが、全体の構造が複雑かつ壮大で、こんな小説も書く人なんだなぁと認識を新たにした。