本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

山彦ハヤテ/米村圭伍

陸奥国折傘藩五万石の藩主・三代川伊代守正春(二十歳)はなりたてホヤホヤの殿様である。ややのんきで頼りなくも篤実で優しい人柄だが、妾腹の弟・光延を立てて実権を握ろうとする中老一派の暗殺計画に巻き込まれ、命からがら山中をさまよう羽目に。そしてこれを助けるのが、凶状持ちの父親に捨てられ、一人、山中で暮らすハヤテ少年(十五歳)であり、二人のドタバタとした活躍と友情が人情たっぷりに綴られるのであった。

米村圭伍作品らしく、いつもながらの落語調の語りが楽しい。著者はハックルベリー・フィンを念頭に置いて野生児ハヤテを描いたそうだが、正義の主人公に野性的な相棒を配するのはわりあいありがちのパターンかもしれない。

山本周五郎に「泥棒と若殿」という短編作品がある。お家騒動で命を狙われている若君が泥棒に匿われ世話をされるストーリーと「山彦ハヤテ」は似通う部分があると思ったが、周五郎作品では身分が分かっても泥棒がさん付けで呼び、ハヤテが殿様をマサと呼び捨てにするあたりも似ているような気がする。殿様の気の良い友人として誠実を貫くハヤテが気持ちよい。

御国御前(領国での側室)の母の妄執とは無関係に、どこまでも兄を助ける光延も良い男で、この兄弟愛もちょっと泣かせる。エロい描写を笑いに包むのもいつもの通りだ。最終篇では江戸の悪ガキを束ねる親分格の少年がハヤテを助けるが、これは「エミールと探偵たち/エーリヒ・ケストナー」のなぞりかと思わせた。