本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

狐笛のかなた/上橋菜穂子

守り人シリーズの著者による、中世あたりの日本を舞台にしたファンタジーだが、切ない恋愛小説であり、土地を巡る近親憎悪の物語であり、呪者同士のサイキックな戦いの物語であり、隷属させられた使い魔たちの自立の物語であり、実にさまざまな要素を含んでいる。

とりあげ女(産婆)の祖母と暮らす小夜は、ある日の帰り道、野犬に襲われている子狐を助けようとして逆に襲われ、村はずれの屋敷に幽閉されている少年小春丸に助けられる。幽閉生活に耐えられなくなっている小春丸は、小夜との出会いに感激し、後に小夜はしばしば小春丸を訪ねるようになる。

助けられた子狐は、霊狐と呼ばれる異形の者であり、呪者の使い魔として暗殺などに使われているのだが、自分を助けてくれた二人に大いに惹かれていて、二人の忍び会いを影から眺めて満足している。このシーンがとても切ない。使い魔は呪者に隷属させられているが、心まで操られているわけではなく、純情さも持ち合わせているのだ。

小夜の暮らす村は有路ノ春望の領土である。隣国は湯来ノ盛惟が支配しているが、いとこ同士になる二人は、貴重な水場の争いから険悪な関係であり、特に盛惟の抱えた呪者によって、春望の妻女や家臣が暗殺されているという凄惨さである。小夜は、母の花乃も春望を補佐する呪者であったという己の出自を知り、力に目覚めていく。

霊狐の野火は、有路家での活動のために人の姿を採っているが、危機に陥る小夜を助けてきた。子供の頃の出会いの時から小夜を愛していたのである。そして、命を握られている主の呪者に逆らい、命をかけて小夜を守ろうとする。小夜もまた霊狐であることを知りながら野火を愛し始めており、命をかけた二人の恋がどうなるのか、物語はスリリングに盛り上がっていく。

一応はジュニア向けのファンタジーであるが、「己の人生は己のものである」という重いメッセージを含んでいて、大人が読んで考えさせられる力作である。