本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

土を喰う日々/水上勉

禅僧修行をしたことのある著者が、道元の「典座教訓」などを引用しながら精進料理の実践と軽井沢での自家菜園暮らしを綴った食味随筆である(グルメエッセイなどという軽薄な呼び方は本書にはそぐわない(笑))。

典座(てんぞ)とは寺の賄い方であり、禅宗では読経や坐禅のみが修行ではなく生活のすべてが修行とされていて、料理も重要らしいことは知っていた。しかし、精進料理とは生臭物を避けた粗末な寺方の食事のことだという認識はどうやら間違っていたようだ。精進料理とは、野菜の皮や根まで美味しく食べるための手をかけた調理法なのである。だからこそ、たゆまぬ努力を意味する「精進」という語が冠せられるのか。

自分は魚貝が食べられないので、法事の料理などでは特別に精進料理を頼むことがあり、うなぎの蒲焼に似せた山芋の揚げ物(皮に見えるように海苔が貼ってある)が出てきたことがある。また、雁擬き(がんもどき)とは、雁の肉に似せて作出した豆腐料理だ。そんなものを考えだしてしまうとは、禁欲であるべき僧侶の食に対する執着は凄まじいなどと書いている随筆を読んだこともあるが、手をかけて美味しくするのが精進料理ならば、決して食への執着を捨てているわけではないと思えてくる。

閑話休題、こんぶの素揚げ、くわいの網焼き、たけのこ、山椒の実とくるみをを摺りあわせた味噌、山から採ってくる山菜、きのこなど、ここに登場する料理のどれもが美味そうでたまらない(笑)。「土を喰う」というと何か味気ないイメージ次があるが、実は「土の滋味を賞味する」ということであり、料理と文章の滋味を両方味わえる好著なのだった。