本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

銀漢の賦/葉室麟

少年時代は親友、後に袂を分かった二人の老武士の硬骨の生き方を描く時代小説。

月ヶ瀬藩日下部源五、岡本小弥太(後に松浦将監)は、十代の頃の道場仲間であり、親友でもあったが、五十を過ぎた現在は、片や郷廻り役人、片や家老と身分が分かれ、一揆の処理をめぐる事情から絶縁して今に至っている。それぞれに正義感の強い、純情な少年たちであったが、年齢を重ね、老人なりの狷介さや老獪さや頑迷さを身につけているあたりがなかなかいい性格付けだし(人生五十年の当時は、立派な老人なのだ)、現在と、少年時のエピソードを交互に綴り、二人の成長とめまぐるしい変化を重ねていく描き方が非常に上手いと思う。

岡本小弥太の父親は藩内の権力闘争に巻き込まれて命を落としており、幼少の頃から辛い日々を送って来ている。父親の仇の大元は藩を牛耳る家老九鬼夕斎であり、これを追い落とすために成り上がっていく。松浦家に婿入りして出世の足がかりをつかみ、切れ者ぶりを発揮して家老に上り詰め、政治を刷新した功績のある一方、画人として幕閣にも名を馳せる有能ぶりである。

日下部源五は負けず嫌いの少年だったが、長じては頑迷固陋ぶりに磨きがかかっていて笑わせる(笑)。

家老として藩主を支えてきた将監だが、幕閣入りの野望を持ち始めた藩主と、これを諌める将監との間で齟齬が生じている。その行く立てから、少年時代の友情を蘇らせ、なおかつ現在の友情を結ぶ二人が何とも清々しい。これは成長小説であり、老人小説であり、友情の物語なのだ。若い頃の友情は人生の宝物だし、老年になってから結ぶ友垣は何にも代えがたいと思わせる。

銀漢とは天の川のことらしい。少年三人で夜空を見上げている時のエピソードに由来したタイトルだが、恐らく、頭髪に白髪をいただき、気骨を持ち、清冽に生きる男のことでもあるのだろうなぁ思っていたら、作中にそのような言及があった。実に上手いタイトルを付けたものである。二人の銀漢の生き方が、清々しく、時にユーモラスに綴られた傑作である。藩内のゴタゴタもスリリングだ。