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夏への扉 新訳版/ロバート・A・ハインライン 

タイムトラベルSFの永遠の古典が小尾芙佐の新訳で出版されていたので読んでみた。三回ほど読み返している作品なので内容は覚えているが、福島正実訳がどのようなものであったかは忘れているので、どこが違ったのかはよく分からず、普通に楽しく読んでしまった。

主人公のダン(ダニエル・ブーン・デイヴィス)は優秀な技術者で、家事用ロボットなどを開発する小さな会社を経営している。しかし、共同経営者のマイルズと、経理担当社員ベル・ダーキン(ダンがのぼせ上がっている)に騙され、会社を乗っ取られる羽目に。

失意のうちに三十年の冷凍睡眠に入ろうと思ったダンだが、二人に逆襲するつもりで出かけていき、詐欺のやり口を暴いていくうちに調子に乗り過ぎ、反撃に遭ってダウン、再び冷凍睡眠送りになる。このあたり、ベルの悪女ぶりが凄まじく、読みどころではあるが、ダンの立場になって読んでいるととても辛い場面でもある。

三十年後に目覚めたダンは投資が失敗して一文なしになっているが、そこは才覚で何とかしようとする。ダンの心配はマイルズの義理の娘リッキーである。年齢は離れていながらダンとリッキーは友情で結ばれており、三十年前に別れたままのリッキーが、マイルズとベルに虐げられたのではないかと不安になったのだ。いろいろ調べていくうちに、リッキーが同時期に冷凍睡眠から目覚めていることを知り、何とか探そうとするのだが・・・。

タイトルの「夏への扉」とはダンの飼い猫ピートの行動に由来する。12の扉がある家に住んでいたある真冬、次々にドアを開けさせては雪が降っていることに不満を呈するピートは、どれかのドアが必ず夏に通じていると信じているのだ。勇敢で愉快なピートとのやり取りは何とも楽しく、猫好きにはたまらない描写ではないだろうか。因みに福島訳では護民官ピートであったが、本訳では審判者ピートになっており、そのあたりを訳者あとがきで触れて欲しかったと思う。自分的にはやっぱり護民官ピートの方がしっくり来るなぁ・・・。

物語が出発する時代設定は1970年、目覚めるのは2000年であるが、実際に書かれたのは1957年である。コンピューターの実用化という点ではどうだったのだろう。ダンの着想として自動製図器械(キーボードから入力してイーゼルやT型定規を操作するというもの)が出てくるが、これの発展したものがCADであろう。すでにこういうアイディアが当時にあったものかどうか分からないが、先見性のあったこれらのアイディアを現代と比べながら読んでみるのも楽しい。

前半は苦難、後半は脳天気なハッピーエンドであり、勧善懲悪的という点ではさほどの深みのある物語ではない。しかし、ノスタルジックでユーモラスで、読んで楽しいSFなのだ。やっぱり古典なのだなぁ・・・。

余談:後に図書館にあった福島正実訳を手に取ってみたが、確かに表現が相当にオッサンぽかった(笑)。