本・花・鳥(ほん・か・どり)

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雨ン中の、らくだ/立川志らく

著者によれば、本書は赤めだか/立川談春の便乗ではなく、師匠談志の落語や芸を分析したものということだが、自分の弟子時代も縷々語っており、開き直って裏タイトルは「青めだか」だと宣言している(笑)。

各章に落語のタイトルを振って、テーマに沿って綴るやり方は著者の少年記「らくご小僧]と同様である。そして、タイトルの「雨ン中のらくだ」とは、師匠談志が「らくだ」に雨の中に佇む孤独な男という演出を施したことによるのだが、談志の孤独な戦いのことも指しているのかも、と思わせた。

日芸の後輩と言うことで、高田文夫の推薦で弟子入りした著者はやや特別扱いであり、赤めだかで描かれた「築地修行」にも行かずに済んでしまいそれで先輩弟子から浮いてしまうのだが、そのあたりも赤めだかを読んでいると更に面白くなる。

師匠談志にとって「談春は普通の子」で「志らくは異常な子」、「あいつは普通の子だ。俺が教えたとおりやれば、あのぐらいにはなれるのだ」ということだが、それも天才的な落語耳を持っているからというのが志らくの言だ。志らくにとって、談春は師匠の型を受け継ぎ、自分はセンスを受け継いだと思いたいらしい。確かに、新奇なことに挑戦してきた足跡などは重なるのかもしれない。「談春、お前、名人になっちまえ。志らく、お前は俺と同じように廃人になる」と言われることは弟子としては大いに名誉であろう。

ただし、自分は情緒を楽しみたい方なので、「人間の業」に焦点を当てた立川流の落語は多分好みではない。この奇人たちの活躍は、書物で楽しむ方がいい。赤めだかがセンチメンタルに師匠への愛を語ったものならば、こちらはやや理屈っぽく談志落語への愛を語ったものと言えるかもしれない。ライバルとも友情とも付かない、談春との関係も楽しい。