本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

毒杯の囀り/ポール・ドハティー

1377年のロンドンを舞台にした歴史ミステリー。
幼い国王が王位を継いだばかりの宮廷にコネクションを持つ金融業者トーマス・スプリンガル卿が毒殺され、忠実な召使いが毒物の証拠を保持して自殺した。スプリンガル卿の寝室は鶯張りのごとき「小夜鳴鳥の廊下」とつながっていて歩けば音がするようになっており、召使いの他に近づいた者はいないという証言で召使いの犯行がもっとも濃厚であったが、首席裁判官モンテスキューより検死官ジョン・クランストン卿に事件を精査せよという命令があり、托鉢修道士兼検死官書記のアセルスタンと共に調査に赴くのであった。

要するに密室殺人の謎解きであるが、不潔で治安が悪く、犯罪者が闊歩し、公開処刑場や犯罪被害者など、あちこちに死の匂いが漂うロンドンの描写が何ともおぞましくて魅力的だ。日本で言えば南北朝の頃になるようだが、ちょうどその頃の京都も似たような感じだったかもしれない。こういう描写はこの手の歴史ミステリーには欠くべからざる要素であろう。

探偵役コンビのキャラクターも面白い。検死官(一種の捜査官である)ジョン・クランストン卿はのべつ飲んだくれている巨漢の中年男で、鈍重な見た目と裏腹に鋭い観察力と暖かい心を持っている。アセルスタン修道士は、弟を戦争に巻き込み死なせてしまった過去を持ち、一種の懲罰として貧民街の教会を担当させられている若者である。弟の死を夢見るのが嫌さに夜通し星を眺めるのを趣味としているようなナイーブな青年で、教区の未亡人にほのかな恋心を抱いているあたりが妙に人間的だ。

この二人がこけつまろびつしながら真相に迫っていく。探偵しか知らない事情により途中の謎を解き明かすのはホームズ的で、本格ものとはやや違うかなと思っていたが、謎の解決に至る道筋は堂々のハウダニットである。設定、キャラクター、ストーリーの三拍子が揃っていて、とても楽しめた。