本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

青に候/志水辰夫

「飢えて狼」「背いて故郷」「裂けて海峡」など、体言止めを多用した気取った文体(いわゆるシミタツ節)の抒情派ハードボイルドで一世を風靡した著者の作風は、ストーリー的には面白いと思うもののあまり好きではなかったが(文芸評論家の北上次郎のように熱烈なファンもいるから面白い)、何度かスタイルのモデルチェンジをした後、今度は時代小説に転向したようだ。シミタツ節は封印したということだったが、結構それらしいものが散見される。

江戸郊外桐ヶ谷の、名字帯刀を許された豪農の次男坊佐平は、幼なじみが女中奉公に上がった先で殿様の手が着き、お世継ぎを生んでおり、その縁で侍に取り立てられるが、国元でいざこさに巻き込まれ、更に、同様に取り立てられた朋友が失踪したため、江戸に戻り隠密に謎を探ろうとする。

藩内の複雑な事情、幼なじみへの慕情、新たに現れるヒロインへの思いなど、典型的な巻き込まれ型抒情派冒険小説(或いはハードボイルド)であり、作風として新味はないと思うが、それだけに安心して読めそうな気はする。

ただ、藩主がいまわの際に「無念じゃー」と叫ぶのはいかがなものだろうか。時代小説に音引きは似合わない(笑)。ここは様々な思いをこめて「無念である」と重々しく言ってほしかったと思う。