本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

俄 浪華遊侠伝(上・下)/司馬遼太郎

明治維新前後の大坂(大阪)で名前を売った侠客・米相場師の明石家万吉の半生を描いた歴史小説である。以前に武田鉄矢明石家さんまが共に好きだと話していて、竜馬フェチで司馬遼太郎を過大評価している武田鉄矢だしなぁ・・・、と今ひとつ手が出ないでいたが、図書館の文庫コーナーにあったので読んでみた。

ストーリーとしては小僧が身ひとつで浪華の大親分に成り上がるまでのど根性物語である。この手の痛快ど根性出世物語は大好きで、「大番/獅子文六」「悪名/今東光」「どさんこ大将/半村良」等同様のカタルシスを期待したのだが・・・。

幕府隠密崩れの父親が出奔し、母と妹の面倒を見なければならなくなった丁稚小僧が、「悪にも手を染めるかもしれないから勘当してくれ」と家を出る。そして、賭場荒らしをしてはどつかれても血を流しても抵抗せず、相手が気味悪がるまでじっと耐えて銭を手にする、というのが売り出しの冒頭である。

そういう一種の荒事師として名を売るうちに、大坂の町奉行所の牢に潜り込んで奉行所内の不正を暴くのに荷担したり、堂島の米相場を上下させる江戸商人潰しを引き受けたり、小藩の手先となって私費で大坂警備を引き受けたり、維新後は、これまた私費で消防や授産施設を担当したり、とにかく無手勝流でのし上がっていく。

司馬遼太郎作品の主人公にありがちな、何も考えず、行き当たりばったりの主人公が度量の大きさで大ごとを成し遂げる物語ではあるのだが、損得を考えず無駄な仕事を引き受けては命を風前にさらし、それが「男を売ること」と考えている万吉の考えなしの部分をいちいちクローズアップされても期待していたようなカタルシスは感じない。おっちょこちょいの跳ね上がりが、権力者に利用されるだけの物語とも言えそうだ。利用されることを本人が喜んでいるのだから仕方ないが・・・(笑)。

明石家さんまはその名前から共感しているのかもしれないが、万吉の子分の軽口屋という男がまさに明石家さんまのキャラクターを思わせる。とにかく喋っていなければ気が済まず、しかしたまには頭の鋭いところを見せるので、万吉の軍師ともなっているような軽躁な男なのである。かなり以前に書かれた小説の筈だから明石家さんまを知って書いている訳はなかろうが、まことにぴったりだ(笑)。