本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

風魔/宮本昌孝

小田原北条氏に仕え、戦国時代に盛名を轟かせた忍び集団風魔の頭領小太郎と、徳川家康側との角逐を描いた堂々の時代長編。

七尺の巨体を持つ小太郎は風神の申し子と呼ばれ、常に爽快な風をはらんでいるような、天性の明るさと爽やかさを持つ快男児である。関東が欲しい謀略家家康の奸計によって北条氏が潰れた後、風魔を抱えたい諸侯の招きを断り、ただ一人、北条の血を引く古河公方氏姫に仕える小太郎ら風魔一党だが、たとえ風のように自由に生きようとしても、有能すぎる戦闘集団は、新たな秩序を打ち立てようとする家康側にとっては目障りでしかなく、小太郎らはいやが上にも修羅の争闘に巻き込まれていく。

悪辣無惨な堪光風車、唐沢玄蕃、神崎甚内など、脇を固める悪役が物語を引き立てる。小太郎にとっては邪魔者でしかないこいつらを何故さっさと始末しないのかと思うが、妙に目こぼししてやってはさらに悪事を重ねていく感じは、「剣豪将軍義輝」での松永久秀を思わせる。なんで宮本作品の好漢はこう甘いのか?(笑)。

徳川側の悪役としては若き日の柳生又右衛門宗矩が登場しているが、時として冷酷すぎるほど悪辣なのに、ほんのわずかだけ人の良さが垣間見えて楽しい。唐沢玄蕃も又右衛門も孤独な戦闘者であり、だからこそ心の底で小太郎との戦闘を求めているのだが、友達がいないことを小太郎に指摘されてうろたえるのである(笑)。

知力優れ胆力もある、男勝りな氏姫との関係も読みどころだ。小太郎は、幼い頃の氏姫の相手役として常に保護してきたが、男女を超えた絆で結ばれている感じだ。終章、小太郎が雪の南天の枝にかけた姫のための小道具に赤い実がポロポロとこぼれて落ちていくシーンのなんと美しく切ないことか。「人の思いは止められない。だからこの世は面白い」という述懐が余韻を添えている。

宮本昌孝は「剣豪将軍義輝」「夕立太平記」「藩校早春符」など、青雲の志を描くのが上手い作家だと思うが、本作も快男児を主人公に据えて、多少血なまぐさいながらも楽しめる作品だった。