本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

当マイクロフォン/三田完

大河ドラマ鬼平犯科帳など、名調子のナレーションで一世を風靡したNHKアナウンサー中西龍(なかにしりょう)の評伝小説である。三田完はNHK出身の作家だが、小説内では二村淳という芸能番組スタッフと中西の世代を超えた交流(清遊仲間とも言えそうだ)が描かれており、中西龍の来し方と、二人の淡あわとした交流がオーバーラップして物語は展開していく。

「当マイクロフォン」とはNHKラジオ「にっぽんのメロディー」で使用していた一人称らしい。この番組は聞いたことがないが、聴取者(リスナーなどという軽薄な呼称はこの場合はそぐわなさそうだ)の一人一人に話しかけるような独特の調子でファンが多かったようだ。

中西は歓楽街や興業街で享楽的な学生生活を送り、最初の赴任地には足抜けさせた芸者を妻として同行させるという、とてつもない道楽者である。更に強い情欲を持てあまし、遊郭に馴染みの女郎があったり、バーの経営者を情婦としたり、見合い相手の肉体目当てに婚約してみたり、女性に暴力を振るったり、人間的に欠落している部分があったようだが、陰影のある、しっとりした抒情を愛する感激屋でもあり、それが独特の名調子となっていったのだろう。そのギャップが何とも興味深く魅力的だし、語りのプロとしての矜持も窺える。そして中西と二村の交友が何とも暖かみがあって心地よい友情小説でもある。

作中の語りの部分で中西龍の声を想像しながら読むと情感もひとしおだ(笑)。