本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

日本橋バビロン/小林信彦

著者の生家のあった両国(現在の東日本橋が本来の両国で、現在の両国は東両国であったらしい)と、生家である老舗和菓子屋の衰亡を語っている。私小説と言うほどドロドロしていないので叙事詩と呼ばれるのが嬉しいと書いていたが、まぁやはり私小説であろう。

婿に入ってたたき上げた短気な祖父や、堪え性のないモダンボーイであった父親、不実な親戚、生家を畳むまでの経緯など、戦前戦後の風俗などをからめて淡々と語っている。最終場面の、地下倉庫から出てきた餡の話に祖父の執念をダブらせて興味深い。

日本橋も両国もほとんど馴染みのない町なのだが、興業やいかがわしい見世物などが集まり、異界の雰囲気があったという両国(東両国)などはかなり魅力的に思える。学者だかエッセイストかよく分からないが、安藤更生という人が「日本橋は、完結した町が散在している」と書いているそうだ。銀座のようなひとくくりの大きな町ではなく、路地とか商店街とかがそれぞれ町として独立しているような感じを想像したのだがどうだろう。とても魅力的に思えるが、こういう日本橋はすでに消えていると言うことだ。

著者は「オヨヨ大統領」や「唐獅子株式会社」など、ギャグとパロディ小説の大家であったが、昨今は昭和の東京を描くことが多いように思う。貴重な生き証人なのだろうなぁ。ただし「真逆」という今風の表記は、昭和を振り返る作風にそぐわず、頂けない。