本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

火ノ児の剣/中路啓太

徳川家宣側近で、政治家として活躍した儒者新井白石の雌伏と苦闘の日々を描いた時代小説だが、温厚な儒者というイメージとはほど遠い。波瀾万丈の巻き込まれ型冒険ハードボイルドという感じである。

明暦の大火直後に生まれたため「火ノ児」とあだ名された新井伝蔵は、その名の通り気性も激しい。学問(儒学)で身を立てたいと考え、それなりの見識も持ち合わせているが、旧主の堀田正俊が謀殺されたいきさつや、傲岸な性格が疎まれ、鬱々とした浪人暮らしを続けている。剣の方もかなり凄腕で伝法で無頼という、とても儒者とは思えないなかなか魅力的なキャラクターだ。

学問を政治に活かしたいという願望を持ちながら叶わず、剣の腕が立つ故に荒事に利用され、徳川家にからむ陰謀に巻き込まれて孤軍奮闘する筋立ては、「ダイ・ハード」「リーサル・ウェポン」のようなワンマン・アーミー型の冒険小説、ハードボイルドに他ならない。

火のような情念で突き進む伝蔵が痛快だし、妻女や家僕とのユーモラスなやり取り、清廉な徳川家宣に仕えることが決まった時の、主従の熱く青くさい思い、俗物幕閣のいやらしさなど、読ませどころは多く、色気や活劇など派手なシーンが多いのも通俗娯楽小説の王道と言えるかもしれない。

書評ブログで紹介されるまで知らなかった作品だが、十分に面白かった。