本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

天平冥所図会/山之口洋

天平聖武天皇から称徳天皇の時代、光明皇太后後宮である紫微中台(しびちゅうだい)の役人葛木連戸主(かつらぎのむらじへぬし)を主人公に、権謀渦巻く朝廷政治のオカルティックな騒動を描いた歴史ファンタジーである。

戸主は世の平穏を願う誠実な小役人(出世欲とは無縁の好人物)で、かつての上司であり清廉かつ有能な官僚である吉備真備に私淑している。当時の朝廷は藤原仲麻呂(後の恵美押勝)が日の出の勢いであり、政敵橘諸兄(及びその子息奈良麻呂)との間で凄惨な戦いを繰り広げていて、間で苦労するのが実直な小役人戸主なのであった(笑)。

聖武の没後、光明皇后が遺品を東大寺に寄贈した正倉院の目録作成にあたって戸主が奮闘努力する「正倉院」の一篇が特に読ませる。「天平冥所図会」という軽いタイトルから受ける印象とは違って、戸主の正義感と誠実さが貫かれた官僚小説なのだ。「天平冥所図会」というタイトルではオカルトに主眼をおいたユーモア時代ミステリーみたいで、内容を伝えて切れていないのが残念。