本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

走ル/羽田圭介 

高校の陸上部に所属する主人公が自転車に乗ってひたすら北へ向かう物語。

物置に近所のお兄さんのお下がりのロードバイクビアンキ=イタリアの自転車ブランド)があることを思い出した主人公は、子供の頃には乗れなかったビアンキの意外な走りに驚き、八王子の家から四谷にある高校まで自転車で来てしまう。そして、陸上部の朝練に来ていた北の丸公園からジュースを買いに出て、皇居沿いに走って秋葉原で国道4号にぶつかると、そのまま東北へ向かって走り出してしまうのだった。
以下、ややネタバラシあり。





これが娯楽系の青春小説だったりすると、意外な出会いがあったり、己を顧みたり、何らかの「青春を謳歌する」的な部分があると思うのだが、「文藝」に掲載されていた作品ということで、ひたすら自転車で走る描写が延々と続く。ロードレーサーの疾走感はとても気持ちの良い描写だが、ただ、幾ら陸上の成績がいいと言っても、初めてのようなレーサーでここまで走れるものだろうかとも思ってしまう。

走る途中でのべつメールのやり取りをしていて、、今ひとつ齟齬を来している彼女とのやり取りの鬱陶しさ、久しぶりに再会した小学校の同級生女子に対する邪な欲望(笑)など、やや自己中心的でナルシスな感じがいかにも今時の高校生っぽい。

自分のテリトリーからどんどん遠のいているのに更に遠くを目指したくなる「どこまでも」の思いが本書の主眼だと思う。芥川龍之介の「トロッコ」と同様に思えるし、ナルシスな高校生の旅という点では「海辺のカフカ村上春樹」に通じるような気もするが、プチ家出を終えて致し方なく家に向かう段になると、急に彼女が愛おしくなってきて、上野駅から彼女の住む市川を目指すエンディングだけはどうも頂けない。これでは凡百の青春小説と同じではないか。自転車小説としても純文学としても中途半端な印象に終わってしまった。