本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

百年の亡国/海道龍一朗 

「真剣」「乱世疾走」「後北條龍虎伝」など、戦国時代を舞台に熱く痛快な好漢の物語を作風としてきた著者が、どういう訳か、戦後憲法改定に至るまでの現代史ものを書いた。

構成は、連合国及びGHQ内の政治取引や占領政策と、内務省法制局の正義感あふれる若き官吏立木一郎が目撃する憲法改定を交互に描いている。奥付に「歴史的事実に基づくフィクション」とあるところを見ると、ここに描かれているのはわりあい真実に近いのかと思うが、現在の日本国憲法がいかにやっつけ仕事で生み出されたかがこの小説の主題ということになるだろうか。

天皇制と憲法に関して、連合国諸国による管理組織「極東委員会」に容喙させまいと、マッカーサーを頂点とするGHQ内の軍人官僚たちが民間(日本)の社会主義団体の憲法案をそのまま流用したのが現在の日本国憲法なのだそうである。日本を第一次世界大戦後のドイツのようにさせまいと「戦争放棄」を打ち出し、象徴天皇制を押しつけ(これは天皇制を残した方が占領統治が上手く行くと踏んだから)、憲法改正には国会の3分の2の賛成が必要だという縛りを入れて未来永劫いじれないようにし、国の骨格たる憲法に日本側が何も口を挟めないまま、あれよあれよという間に成立していった過程が詳細に語られている。

それはそれでノンフィクション的には興味深いが、では小説としてはどうなのだろう。資料的な記述を延々と読まされるばかりである。主人公の立木一郎は東京帝大卒の内務省法制局の若手官吏(戦前の役人には官吏という名称が似合うような気がする)で、天皇と国を敬愛し、役人は汚辱にまみれてはならず、国民への奉仕者であるべきという自覚を持つ清々しい青二才だが、彼が活躍するかというとそうでもない。憲法改定作業の下働きとして、理不尽な様子を呆然と指をくわえて見ているばかりである。彼の先輩官僚である宮内(みやのうち)は、戦前の軍部の圧力にも屈しなかった硬骨漢だが、これもさしたることができないままだ。もう少し小説的快楽を作れなかったものだろうか。