本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

異界/鳥飼否宇

那智勝浦を舞台に、ある医師一家を襲う不気味な事件の解決に南方熊楠が挑むという熊野伝奇ミステリー。おどろおどろしく生と死を豊饒に抱え込む熊野の地は元から好きな土地だし、更に異形扱いされるサンカが絡むとなればこれはもうたまらない設定だ。

産科も兼業する医院から生まれたばかりの赤ん坊がさらわれるが、医師は妙にかたくなに子供の身元を隠そうとしているし、更にはサンカと思しき犯人を追っていった長男も行方不明になってしまう。

図らずも事件に関わってしまう熊楠だが、子分との関係が面白い。作り酒屋の息子で、好色な父親に複雑な感情を向けている福田太一は熊楠の子分となっているが、、あんぽんたん→あんぽん太一→あんぽん日本一→あんぽん東洋一と師匠に罵倒され続けることになる。

このあたりは笑いを誘うが、おどろおどろしい悲劇とはやや不似合いの感じもする。事件のどんでん返しはなかなか読ませたが、ミステリー部分と熊野伝奇部分が乖離しているようで、「異界」というタイトルほどの強烈な印象は受けない。