本・花・鳥(ほん・か・どり)

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笹色の紅 幕末おんな鍼師恋がたり/河治和香

幕末動乱の時代を舞台に、女郎あがりの鍼師おしゃあと、塩飽出身の朴訥な幕府軍艦水夫(かこ)庄八の長年に渡る恋を描いた連作時代長編。

反骨精神が強く偏屈で、その割りに純真なおしゃあは、私娼窟に売られ遊女となった過去があるが、抱えた遊女を大事にする女将だったので、自由の身となっても女将のもとに足繁く出入りしている。

伝説の鍼師に落籍(ひか)され、みっちりと技を仕込まれたおしゃあは才能を発揮し、あちこちで重宝されているが、この鍼治療の描写が詳細で、鍼とはこんな医学的なものだったのかという驚きがあったが、これはまぁ余談である。

ある日、風呂屋の追い回しの善次郎(この男の半生も興味深い)が、傷だらけで倒れていた水夫を連れ込むが、これが庄八で、朴訥で誠実で茫洋とした庄八に惹かれ、わりない仲になるおしゃあだった。

船乗りとして有能な庄八は、咸臨丸からオランダ留学と、長く留守をするようになるが、その間のおしゃあの不安な思いがひとつの読みどころになっている(庄八の転変は明治まで続く)。

波乱を経ながらおそらく40年以上の月日を寄り添った二人を描き、何とも切なく幸福な時代小説だが、気の強い女の転変の半生記という味わいは宇江佐真理にかなり近いような気がする。先に「侠風むすめ」を読んでしまったが、「侠風むすめ」には杉浦日向子の雰囲気が感じられるし、先人の影響を受けつつ、少しずつ自分の世界を築いているのだろう。これからも楽しみな作家である。