本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

侠風むすめ 国芳一門浮世絵草子/河治和香

浮世絵師歌川国芳の娘・登鯉(とり)を主人公にした青春時代小説。この設定は明らかに「百日紅/杉浦日向子」の本歌取りのような気がする。

一燕斎芳鳥の号も持つ登鯉は、生意気で気の強い十五才である。江戸時代のこととて早熟であり、片思いの兄弟子に抱いて貰ったことがあるが、それ以来振り向いてはくれず、悶々とした日々を送っている。このあたり、子供と大人の端境期の煩悶がよく描けていると思う。早いうちから性産業に従事される幼なじみの姿も哀れを誘うが、たくましく生きていけるようで、それが救いだ。

水野越前守による寛政の改革で世の中が窮屈になる中、放蕩無頼な国芳は、弟子もひっくるめて脳天気に暮らしているが、徐々に息苦しさを覚えるようにもなっている。こういう時こそ反骨精神を湧かせる国芳が痛快だ。成長期にあがいている娘を思いやる心も微笑ましい。

水滸伝のシリーズが当たった国芳だが、現代まで続くような彫り物の様式こそ、国芳の武者絵にあるということは初耳だった。今でこそ任侠のシンボルになっているが、武者絵ブーム後、堅気でも男伊達を売り物にしたい連中が好んで入れていたそうで、寿司屋の若衆など、飯台をあおぐ時に片肌脱ぎになるため、彫り物がないとやとってもらえなかったというのも面白い話だ。

千社札に凝った登鯉だが、これも江戸時代から愛好家がいたそうで、わざわざ禁止されているところに貼ってくるのが偉かったらしい。今と変わらないが、濡れ手ぬぐいに札を乗せ、えいやっと投げあげて高いところに札だけ残してくる「投げ貼り」など、なんとも粋な感じがする。江戸の遊びだなぁ・・・。登鯉は千社札の寄り合いで乃げんという男と知り合うが、男女の意地と情けがからんで、何ともいいようのない余韻を残す。

放蕩無頼の国芳一家の馬鹿馬鹿しさと、甘苦い青春が同居する、誠に面白い浮世絵小説だった。