本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

みずうみ/いしいしんじ

いしい作品と言えば「麦ふみクーツェ」「プラネタリウムのふたご」のような作品の、悲惨で滑稽でハートウォーミングな作風が魅力だったが、今作はかなり違っている。新機軸を開こうとしたのかもしれないがどうもとっつきにくい。発表誌が「文藝」ということもあってか、かなり純文学寄りの展開だ。

神聖なみずうみを中心に栄えている集落では、「鯉を守る家の旦那」が長であり、ほどよく村を治めている。村の各家には眠り小屋があり、こんこんと眠り続ける子供がいる。そして月に一度目覚め、大量の水を「コポリ コポリ」と吐き出しながら様々なことを物語るのである。

この章の語り手である子供は、余計なことを考えては遙か昔に亡くなった直系の祖先の老女に頬をつねられたりしている。「懐かしさ」をキーワードに適度にユーモラスで不条理で、いかにもいしいしんじらしい寓話的な世界だ。

次の章は町のタクシードライバーの物語である。月に一度、性器から大量の水を吹きだし、口から鉱物質のがらくたを吐き出す以外は実直そうな男だ。この男の日常を詳細に描き、失意と復活の日々を綴るのだが、真意が分からない。気持ち悪いほどの克明な描写に何の意味があるのだろう。

次の章も同様で、松本とニューヨークに住む二組のカップルの日常をしつこいほど丹念に描写し、そして非日常な世界との交錯を描き出している。春樹チルドレンと言われる著者だが、これはもう完全に「アフターダーク」「海辺のカフカ」等の模倣に違いない。意欲作といえるのかも知れないが、麦踏みクーツェのファンとしてはかなり失望する。