本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

夜は短し歩けよ乙女

クラブの後輩(黒髪の乙女)に思いを寄せる男と、黒髪の乙女が交互に語り手になりながら、妖しげな京都の町やキャンパスで繰り広げられる冒険をコミカルに描いたファンタジー風青春小説でもあろうか。

黒髪の乙女は天真爛漫なお嬢様風の語り口だが、相当に素っ頓狂だ。まず酒豪である。そして親指を握り込んだ拳での「おともだちパンチ」を得意技にしているが、姉から伝授されたこの技には「愛」があるそうだ(笑)。因みに親指を外に出したパンチは相手の頬と自尊心を破壊して憎しみの連鎖を呼ぶ。

黒髪の乙女に偶然を装って近づいても、爽やかに「奇遇ですね」とスルーされてしまう男は、下手すればストーカーだが、純情一途でもあり嫌らしさがない。あまりに彼女の後ろ姿を眺めすぎて「後ろ姿の権威」になっていたりもする。やや横柄な語り口は昔のバンカラ学生風で、要するに男女のどちらもアナクロいのだが、それがおかしな風味にもなっているのである。

この二人が夜の先斗町を徘徊して奇態な人々に巡り会ったり、古本市でサディストの愛書家に我慢比べをさせられたり、学園祭(青春闇市とはよくも名付けたり(笑))のゲリラ演劇に巻き込まれたり、かなりのドタバタを展開してくれるが、このノリは映画「おかしなおかしな大追跡」を思わせた。

随所に登場する李白さんという老人が楽しい。屋上に古池と竹林を持つ三階建て電車に乗って移動する、金貸しで愛書家で愉快なサディストだが、黒髪の乙女にとっては偽電気ブランを供してくれるありがたいおじいさんなのだ。

更に、詭弁論部(ウナギをモチーフに、両手を合わせて腰をくねらせる詭弁踊りの伝統を持つ)、韋駄天コタツ、閨房調査団(秘宝館のたぐいのコレクターである)、パンツ総番長(彼にも純愛エピソードがある)などの胡散臭くいかがわしくも魅力的な連中をちりばめて実に楽しいが、彼らは現代の京に巣喰う魑魅魍魎たちでもあろうか。森見作品は京大生徘徊小説の異名を取るらしいが、京大のキャンパスすら魔物の巣窟に思えて来るというものだ(笑)。


アナクロニズムかつ奇天烈なユーモアとギャグが楽しく、男女の純情もほの見える、一風変わった快作だった。