本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

沙門空海唐の国にて鬼と宴す(全四巻)/夢枕獏

留学僧として唐に派遣された空海が出会う怪異を描いた時代伝奇巨編。橘逸勢という儒生が相棒であり、このあたりは陰陽師シリーズ同様、シャーロック・ホームズとワトソンの間柄だ。

妙に老成していて度量が大きい空海のキャラが面白いが、やや自己満足の気味が見えるあたり、本家本元のホームズに通じる部分がある。ちょっとした怪異の解決に「さて皆さん」をやらかすあたりも本歌取りか(笑)。

猫の妖物に取り憑かれた家の怪異をどう裁くというのが発端で、ペルシャの幻術やら、楊貴妃を巡る陰謀やらが絡み、壮大な展開の物語である。

時代伝奇小説の形をとっているが、実は過去の因縁に縛られた事件を空海探偵が解き明かす、時代ハードボイルドと言っても良いのではないだろうか。

玄宗を巡る過去と現在が交錯し、妖しくも耽美的な物語が展開され、三巻の最終あたりでの高力士(玄宗の側近である宦官)による告白が場を盛り上げる。何か時代離れした翻訳小説の告白場面のような文体が、奇妙な効果を上げている。

謎を解き明かし、事態を終息させて、すべての密を習得した空海は、唐の人々に鮮やかな印象を残しながら日本へ帰ろうとするが、置いて行かれて困るのは橘逸勢だ。プライドの高い貴公子であるが、妙に好人物で、空海にとっても「常識」を見せてくれる良き友なのだろう。

異郷におけるこの二人の友情も本書の読みどころで、能力的にすでに出来上がっている空海と、凡人逸勢の対比の面白さがある。何となく空海海老蔵、逸勢=染五郎というイメージがあるのだが、どうだろうか。