本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

海辺のカフカ(上・下)/村上春樹 

4年前のベストセラーがやっと図書館の棚に並んでいた(笑)。

物語は二重構造になっており、父親からオイディプスの呪いをささやかれ続けた15才の田村カフカ少年の家出物語と、戦時中に特異な体験をしたことで記憶と知能を失い障害者として生きているナタカさんが、奇態な男を殺す羽目になって四国へ逃亡する物語が交互に語られている。こういう構造は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を思わせるし、影の薄いナカタさんの話も何となく一致する。死に彩られた世界である。

カフカ少年は絶望しきった15才で、血の繋がらない娘を連れて出て行った実の母に捨てられたこともトラウマになっている。明朗で聡明で頑健な肉体を持つ少年だが、ややナルシスな気味があるし、変に悟りかえっているし、メタファーだのメタフォリカルだのを連発するし、スペイン戦争がずっと前に終わったことを知っているし、ターンテーブルのストロボなんてものを知っているし、とても15才とは思えない(笑)。かなり不自然な子供なのだが、手練れの著者としては承知の上だろうか。

資産家の甲村家が個人で運営する図書館の常連となったカフカ少年は、職員の大島さんに保護され、助手として働くようになる。この大島さんも、血友病性同一性障害(男の心を持つ女性)でなおかつ男を愛するゲイであるという、なかなかに複雑な存在だ。

大島さんの上司にあたる佐伯さんは、かつて甲村家の息子と深く愛し合っていたが、甲村家の息子は学生運動に巻きこまれて命を落としている。最愛の片身を失った佐伯さんも、この世ならぬ者のように生きており、みんながみんな死に沿っているような感じか。

猫と話が出来て、礼儀正しくて純粋なナカタさんがなかなかいいキャラである。ナカタさんの逃避行(というよりは導かれての旅であるが)に付き合うトラックドライバー星野青年は、ナカタさんに魅了され、ついには仕事をほっぽらかして四国へ同行してしまうのだが、作中では一番常識的な人間かもしれない。

星野青年は粗雑で陽気な若者で、カーネル・サンダーズに身をやつしたポン引きに女を世話され、「もの凄い三発」を経験している(笑)。旅の途中でベートーヴェンに開眼したり、トリュフォーの映画を鑑賞出来るまでに成長しているが、名曲喫茶の主との、音楽を巡る会話は面白い。そして物語の中核である「入口の石」をひっくり返すという主要な役割を果たすのだった。

事情があって身を隠さなければならないカフカ少年は、大島さん兄弟が所有する山荘に匿われ、山の中を彷徨し、「入り口」をくぐる。黄泉の国のような場所だろう。古事記イザナギイザナミのような、オルフェウスのような、再生をモチーフにした神話やファンタジーの構造である。その点でありきたりと言えばありきたりの感じもある。

それだけを語るためにここまで詳細な記述が必要だったのかとも思う。非常に饒舌なのだ。確かに面白い小説であるし、非現実的性、乾いたユーモア、欠落感という村上春樹的な要素も楽しめるが・・・。もっとゴリゴリと冷たい村上小説が読みたいものだ。