本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

百日紅/杉浦日向子

葛飾北斎、娘お栄、居候の善次郎(後の渓斎栄泉)らを主人公に、彼らに起こるさまざま出来事を江戸情緒たっぷりに描いた女史の代表作的時代コミック。

飄々として頑固でへそ曲がりな北斎、不愛想でぶっきらぼうで真っ直ぐで、父親を鉄蔵(北斎の名)呼ばわりしてはばからない、絵の腕があるお栄、未だ芽が出ない遊び人の善次郎と、それぞれのキャラクターが楽しく、また絵師の業のようなものも感じさせている。脳天気で朴訥な歌川国直、小僧の癖に何故か傲慢に見える後の国芳などのサブキャラも楽しい。

本当はもっとしっとりと情緒的な漫画だと思っていたのだが、ギャグをからめてコミカルで楽しかったり、ホラー的な要素もあったり、ほわっとした幸福感があったり、人情話でホロリとさせたり、ぞくぞくするほどとてもエロティックだったり(北斎の女弟子とすっぽんとエロスと「くすくす」の取り合わせのいやらしさ!)、さまざまな側面を持つコミックだった。

また、武家に養子に入った朴念仁の弟崎十郎に「またからかわれにおいで」と声を掛けたり、病弱な妹・猶と母親と川の字になって寝る時の妙に嬉しそうな表情」など、お栄が弟妹に見せる情愛が心地よい。

気を入れて書いている部分、わざと茶化して力を抜いている描写の落差も面白い。わざと力を抜いた部分に、何がなし幸福感が漂うのである。こういう表情は吉田秋生の影響を受けているような気がするが、いかがだろう。

背景や着物の柄がとても細密な割りに人の顔などはシンプルな線で表していて、だからこそ深い真情が表現されるのかもしれない。時によってはとても色っぽかったりする。背景などの細密さは、江戸名所図会などを意識したものだろうか。体をこわして「隠居」したのは、体力的にこういう絵が描けなくなったからかもなんだろうかなぁと考えたりする。