本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

金春屋ゴメス/西條 奈加

第17回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。

近未来の北関東の一画に、国として独立したバーチャルな江戸があるという設定で、江戸から日本へ脱出した父親の求めに応じ、幼い頃の記憶を取り戻すために江戸入りした青年・辰次郎を主人公にしている。

江戸は元々は金持ちの老人が道楽で作り始めたものだが、追随する金持ちが現れたり、自然との共生に惹かれて移住するものが出たりと、徐々に大きくなっていったものらしい。このあたりは井上ひさしの「吉里吉里人」や、藩邸内に東海道五十三次の宿場町を作ってしまった尾張藩主・徳川宗春がヒントになっているのではないだろうか。

江戸への入国は厳重に管理されており、抽選でもなかなか当たらないものだが、辰次郎には特別な事情があり、裏から手を回して入国が許されている。辰次郎の落ち着き先は出入国を管理する長崎奉行で、この奉行こそ金春屋ゴメスの異名を取る、容貌魁偉で凶暴な女親分である(笑)。その外貌はスターウォーズのジャヴァ・ザ・ハットを想像させたが、スター・ウォーズからのパクリだろうか(因みに落語家の鈴々舎馬風師匠もジャヴァ・ザ・ハットに似ている(笑))。

ゴメス親分の捕り物に参加する辰次郎だが、このあたりは何やら鬼平犯科帳なんぞを思わせるし、ゴメス親分のかっこいいこと。子分たちにとっても凶暴な親分だが、悪を憎む心はひと一倍である。

「江戸」に向かう船で辰次郎と一緒だった松吉は、時代劇マニアが高じた末の「江戸入り」である。情けない役回りだが、軽薄ながら良い奴でもあり、辰次郎との友情が快い。何か阿部サダヲが演じたらぴったり来そうな気がする(笑)。

辰次郎の自分探しの旅でもあり、パニック物でもあり、友情の物語でもあり、いろいろな要素を詰め込んだ、なかなか読ませる物語だった。

この大賞の受賞作は、沢村稟や酒見賢一もそうだが、魔法使いや妖精や怪物が跋扈するようなファンタジーより、ヴァーチャルな世界での現実的な物語を書く作家が多いような気がする。そういうものこそ、設定に現実感を与えるのが大変ではないかと思うのだ。まぁ、病弱な若旦那と妖が活躍する愉快な「しゃばけシリーズ」の畠中恵もこの大賞出身ではあるが・・・。