本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

竹千代を盗め/岩井三四二 

桶狭間で今川が織田に大敗し、松平元康(後の徳川家康)が今川から離反し始めた頃、甲賀の忍・伴家一族に、元康麾下の酒井雅楽頭が、今川の人質になっている元康の妻子を救い出してくれという依頼が来る。

頭領の与七郎は、喜び勇んでこの仕事を引き受けるが、実際に手を付けてみると元康妻子は駿府の松平邸にはおらず、今川配下の隠密組織に襲撃されて這々の体で逃げ帰ってくる羽目に。どうもこの仕事には裏がありそうだと睨んだ与七郎は、依頼された任務と共に裏の事情も探り始めるのだった。

分家の冷飯から本家の婿に入った与七郎のキャラが面白い。一族を束ねて喰わせていくのは大変で、幹部からは軽んじられ、何とか稼ぎを得ようと必死になっている。与七郎自身も二流の忍びであり各所で失敗ばかりしているが、その辺が却って愛敬だ。ここには超人的な活躍をする忍者は出てこないのである。家に居場所がない与七郎は、馴染みの歩き巫女との情事に耽っているが、このイチイという気の良い巫女が偉い。挫けそうになる与七郎を支え、駄目忍者を奮い立たせる起爆剤ともなっている。

この作家は、月ノ浦惣庄公事置書十楽の夢などのように、労苦を強いられる戦国期の庶民の姿を描き出すのが上手いが、本作に登場するのも、超人的な活躍をする忍者ではなく、請負仕事で細々と食いつないでいる土豪であり、「月ノ裏…」同様の感じがある。戦国期の人質になる子供の扱いが哀れだが、全体にユーモラスなのが救いだ。