本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

褐色の文豪/佐藤賢一

「黒い悪魔」に続き、デュマ家の血筋を描いた歴史評伝小説。

ヴィレル・コトレの片田舎で長じた二代目アレクサンドル・デュマは、無邪気で無責任で陽気な快男子で、亡命貴族の子息である友人の影響で文学に目覚め、パリに出て劇作家を目指す。

生来が人好きのする好漢で、知己にも恵まれ、演劇界で徐々に頭角を現すとあっという間に人気作家に駆け上がっていくが、この間、王政復古やら第二共和制やらの政争があり、そのたびに、軽薄にも争いに身を投じていくのは、偉大な軍人であった父親への憧れがあったからのように描かれている。後にはイタリア統一運動のパトロンにもなっているし、革命道楽という感じだ。でたらめな生き方をし、あちこちに私生児を作り、最終的には生活も破綻しているが、文壇道を駆け抜けた痛快な人生と言えなくもない。

「三銃士」「モンテクリスト伯」「王妃マルゴ」等の傑作は、実は下書き職人がいて、その粗筋に血肉を与えていたのがデュマだったというのは初めて知ったことだ。デュマの小説が連載されているために特定の新聞が飛ぶように売れたらしいが、「続きが読みたい」と思わせるのが、波瀾万丈痛快ロマンのデュマの筆力なのだろう。

また、王侯であるパトロンのためにあった文芸が、革命によって生まれた大衆社会のものになったというのも、新聞連載小説で大人気だったデュマの時代を思わせるエピソードだ。時代はちょっと違うが、市民社会肖像画で人気を得たレンブラントも連想させる(晩年が不遇だったというのも似ているか(笑))。

物語の終盤で、成長した後のデュマ・フィスと、父デュマを文学に引きずり込んだかつての親友との会話があるが、このシーンがしみじみと心地よい。父親と違って、生真面目な感じがするデュマ・フィスだが、彼の物語も書かれるのだろうか。

因みに「黒い悪魔」は文豪デュマの父親が主人公で、フランス貴族とハイチのアフリカ女性の間に生まれた息子が軍人として身を立て、ナポレオン麾下の将軍「黒い悪魔」と恐れられるようになるまでを描いたものである。