本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

わくらば日記/朱川湊人

不思議な能力を持つ姉と過ごした昭和30年代の下町の日々を、年老いた妹が回想して語るノスタルジック・ファンタジー。妙に上品な女子学生風の語り口は「リセット/北村薫」を思わせる。

活発だった主人公ワッコの姉・鈴音は病弱な美少女で、気持ちも優しく繊細だが、人や場所の記憶を見ることが出来る不思議な能力を持っていて、この能力にからむ様々な事件を妹が回想するのである。貧しいけれど幸福だった時代、美しくはかない姉との日々を、何とも切なく郷愁的に語っている。

「追憶の虹」物語の導入部であり、個々の登場人物の紹介編でもある。妹ワッコの友人の弟がひき逃げに遭い、交番のおまわりさんに憧れていたワッコは、浅はかにも姉の能力を使えば関心を惹くことが出来ると思い、その事件を解決させる。しかしその能力に目を付けられ、警視庁の刑事から過酷な命令をされてしまうのだった。異能のもたらす恐ろしさを印象づける一編である。

その他「夏空への梯子」「いつか夕陽の中で」「流星のまたたき」「春の悪魔」。特に「いつか夕陽の中で」「流星のまたたき」の二編が切なくて幸福で印象的だ。

それにしても、一九六三年生まれの著者が、よく昭和30年代の下町の風景を描き出したものだ。姉には幸福な未来が待っている訳ではなさそうで、陰惨な事件も出てきたりしているが、全体の雰囲気は娘たちの明るさと希望に満ちていて楽しい。