本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

無事、これ名馬/宇江佐真理

「頭、拙者を男にして下さい」。

は組の頭・吉蔵のもとへ武家の子供・太郎左右衛門が弟子入り志願してくる。臆病者で覇気がない己を恥じてのことらしい。最初は面食らった吉蔵一家だが、子供の一途さが気に入り、一家で可愛がるように・・・。火消しの家族と、その家に出入りする変わった坊っちゃんとの交流を描いた、甘すぎない人情時代小説である。

太郎左右衛門は「春風ぞ吹く」の五郎太の息子で、ヒステリックな母親からすると甲斐性なしに見えるらしいが、その優しさを周りの人から認められてもいる。必死で勉強し、小普請組から御番入りした父親と異なり、剣術も学問も大して目が出ないが、大過なく、平穏無事に生き抜いていけるだろうということで「無事、これ名馬」のタイトルになっている。やはり「春風」の気質だろうか(笑)。妹に「好きよ たろちゃん」などと呼ばれていることからも兄としての権威のなさが読みとれるらしいが、吉蔵一家も「たろちゃん」と呼んで、この子を可愛がるのだ。

太郎左右衛門の友人は学問吟味に落ちて自害しているし、母親は干渉しすぎの教育ママだし、かなり現代の世相を写しているような気がするが、こういう作り方はあまり好きではない。時代物らしい雰囲気を楽しみたいのだが、時代小説というのは、案外昔から現代とリンクさせているような気もする。

吉蔵の娘・お栄は気の強い頑固娘で、従兄の金次郎と恋仲だったが、金次郎が別の娘を妊娠させてしまったため、吉蔵は我が娘に引導を渡し、別の火消しを婿に入れている。未だに金次郎のことを引きずっているお栄だし、金次郎は思わせぶりなことを言うし、決して平穏な夫婦ではないのだが、それでも家庭を守ろうと必死な栄が健気だ。近所の小母さんが認知症となり、栄が手伝いに通うことになるが、このあたりも昨今の介護の問題を思わせる。

太郎左右衛門が成人し、吉蔵が亡くなるまで二人の交流は続くが、年の離れた二人の関係がとても心地よい。辛いこと悲しいことも描かれており、甘いばかりの時代小説ではないのだが、やはり気持ちよい人情物だった。